清らかで神のような男。
他者は自分をそう形容したけれど、自分ではそうは思えなかった。
「兄さんには俺と同じ悪の心が眠っている。天使の裏側は悪魔なのさ」
弟のカノンが言ったことこそ、真実を示しているのかもしれなかった。
真実
サガは自分の中の善と悪の葛藤にもがき、苦しんでいた。
いつも、他人の前では穏やかな自分を演じ―。
それを見抜かれたからこそ、時期教皇候補から、自分は外されてしまったのだ。
悪の心が囁く。いっそ。教皇もアテナも殺してしまえ、と。
ろくに眠れず、食事も取れず、サガは苦悩した。
そんな日々の中、サガの心を癒してくれる存在が、いた。
「サガ!」
「か」
心清らかな神として慕われる自分を、一歩下がった目で見る者がほとんどだったが、
このは、少しばかり違った。
は日本から語学の勉強のためにやって来た、サガと同い年の少女だった。そのためか
黄金聖闘士として教皇に仕える自分にも対等な目線で接してくれる数少ない存在だった。
「サガ、聞いたよ、次期教皇が決まったって…」
「ああ。私は命をかけてアイオロスの補佐に回るつもりだ」
葛藤を悟られまいと平静を装う。
は心配そうな顔でサガの顔を覗き込む。
「サガ、顔色悪いよ。大丈夫?」
いつしか、彼女に惹かれている自分がいた。
いつも自分を案じてくれる、に。
「元気出して。私はいつも、サガを信じてるからね」
無垢な笑顔で見つめられるのは少々辛かった。
自分の中の悪は、また囁いた。
「その女は危険だ。お前の野望を砕こうとする。殺してしまえばいい。―それがいやなら」
「くぅ…うう…」
「サガ!大丈夫?」
サガは自分の中の悪の声に意識を奪われそうになりながら、必死に耐えた。
悪の心は囁く。「この女をお前だけのものにしてしまえ」
頭が痛い。
内なる声は―清く生きる自分に、を凌辱しろと言うのだ。
それは本意ではなかった。を傷つけることは何よりも避けたかった。
「、私はお前を傷つけたくない。失いたくないのだ…」
「―え?急にどうしたの?」
不意に衝動に駆られ、サガはをぎゅっと抱きしめた。
「サガ…」
「いいか、私の中には善と悪の心がある。悪の心が勝ってしまえば、私は恐ろしいことをしてしまう。…頼む。
お前の力で、私を止めてくれ」
「サガ。」
は聖衣を纏ったサガの背中に両腕を回して抱きしめた。
「私は、貴方の善の心も悪の心も、両方あって、貴方だって思ってるよ。どちらか一つの人間なんていないもの。」
「…、しかし、私は…」
自分の中の悪の心が動揺するのがよくわかった。
決して他に悟られまいとした秘密を打ち明けたことで、は自分から離れてしまう、そんな危惧すら覚えていたのに。
「サガ。だからもう苦しまなくていいんだよ。苦しい時は私に言って。」
は優しくサガの背中を撫でた。
アテナという女神が降臨したばかりの今、悪の心はこの世を手中に収めることばかり、考えていたのかもしれない。
しかし。
なぜこんな一人の少女に―執着して、その野望を捨てようとしているのか?
答えは出ている。
が、自分を肯定したからだ。
に悪に染まった自分すら肯定されてしまったから。
自分のすべてを、彼女は受け入れると。
悪の心が、洗い流されるようにしてサガの心の中をすり抜けて消えた。
「…」
サガは穏やかな表情で、を抱きしめた。
「今はもう、苦しくない。…不思議なものだな」
がなにも言わず微笑んで、サガの腕の中で彼の胸に顔を埋めた。
おわり
言いわけ:反転
何が描きたかったかって、サガの悲しさを受け入れてくれる夢主人公が書きたかった。
サガが凶行におよぶのを阻止出来たら、悲劇は始まらなかったのだと思ったんです。
戻
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