kiss

 「、お前は私の事をどう思っている?」
 
 サガがいつになく不安そうな顔で聞いてくるので、はすっかり困ってしまった。
 語学を学ぶ大学を卒業し、彼の住まうギリシアの執務室で勤務するようになって、半年が過ぎようとしていた時。
 立場ではサガのほうが断然上なのだが、仕事以外のプライベートで彼は自分を名前で呼ぶようにとなぜかに言った。

 「私はお前の事を、かけがえのない存在だと思っている。」

 心清らかで神のような男と言われる彼だったが、ふとした時に見せるもの憂げな表情をは知っていた。
 気付いているのは自分と、双子の弟カノンくらいなのではないだろうか。


 Kiss

 「お前の事を考えると、いつも胸が苦しいのだ」
 「…どうしたら、サガは苦しくなくなるの?」

 サガの顔を見上げながらは尋ねた。
 すると、サガが身をかがめての目のすぐ届くところまで顔を近づけてきた。

 「。」

 逞しい両腕が伸び、は次の瞬間にはサガの胸に抱き寄せられていた。

 「お前なら、私を苦しみから、救ってくれるような気がする」

 温かな鼓動が聞こえた。なぜか切なくなりは腕の中から彼の背に伸ばして抱きしめた。
 広い彼の背中に両腕は届かない。それでも。

 「サガ…」

 だって、サガの事を心配しているうちに、いつのまにか彼を慕う気持ちが生まれていた。
 まさかサガのほうからこんな風に告白してくるなんて、思わなかったけれど。

 「サガが苦しくなくなるんだったら、私は何でもするから。私はサガが好きだよ」
 「…

 僅か不安の晴れたような、嬉しそうな顔を見るとはほっとした。

 「…不思議だな。お前は私に安らぎを与えてくれる。」

 髪を梳きながら、サガはそっと瞼を伏せ、「目を閉じろ。」とに言った。

 「―!」

 サガの唇が、のそれに重なった。

 数瞬の後、解放されると、は顔を真っ赤にした。

 「…どうした、。」

 サガが心底心配したようにの顔を覗き込む。
 
 「…ファーストキスだったんですけど」

 棒読みでそう答えるのが精いっぱいで、サガの顔がまともに見られなくなる。
 サガはそうか、と首を捻った。

 「私はお前を、妻として迎えたいと思っているぞ」
 「……!!」

 まるで夢のような急展開に、自分でもついていくのがやっとだった。
 ギリシア人のサガだったが、を気遣いプライベートでは日本語を使ってくれる。

 母国語でない言葉を大げさに解釈したとしても、やっぱりサガは本気のようだ。
 弟のカノンと違ってサガは嘘なんてつく筈ない。(カノンもには嘘をついたことはなかったが、本人の名誉のため)

 「どうした、厭なのか?
 「嫌って言うか…その、まずはねサガ、日本だったらこういうのが普通だと思うよ、『付き合おう』とか」

 サガはまた気難しそうな顔をして首を捻った。

 「そういうものか。…色々と準備がいるのだな」

 を見つめるエメラルドの瞳はとても美しい。
 どこか翳のあるその表情も。

 「では、。私と『付き合って』くれないか」

 断る理由なんて見当たらなかった。





 数日後。
 サガがいつもの執務服でもなく、私服で待ち合わせ場所に現れたのを見て、はその幸せを噛みしめた。

 「どうした、顔が赤い」
 「…サガが格好いいからだよ」
 「そういうものか」

 自然に伸ばされた腕に絡めとられ、はサガにぴたりと身を寄せた。

 「…緊張するな、私が付いている」
 (余計緊張するってば…)

 これからの毎日が、幸せに満ちていることに期待しながら。
 はサガと並んで歩いた。

 
 おわり


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