嫉妬

 「おはよう、
 「サガ、おはよう。昨日はよく眠れた?」
 「…ああ」

 fated〜嫉妬〜

 ピンクの薔薇柄の布団で寝る羽目になったサガではあったが、不思議とその寝心地は良いもので、熟睡し、目覚めはさわやかなものになった。
 
 「カノンは…まだ、寝てるよね」
 「あぁ。…あいつは昔から夜行性だからな」
 「夜もちゃんと寝てるみたいだけどね。夜更かしは駄目だって言ってあるから」

 の家に来てから、傷を癒すために床に就く機会が多かったカノンだったが、すっかり元気になった今は退屈らしい。
 しかしもちろん、の家から出て悪さをする訳にもいかないので、夜中は無理やり眠っているのだ。

 「私の言う事を全く聞かないあいつが、お前の言う事には素直に従うとは。不思議なものだ」
 「え?…そうなの?」

 目を丸くするにサガは苦笑する。

 「カノンとはだいぶ親しくなったようだな。私は嬉しく思う。愚弟だが血のつながった肉親である事に変わりは無いからな」
 「サガ…」

 同じ顔、同じ体格で、最初区別のつけ辛かった双子の差を、は今ならはっきりと認識できるようになって居た。
 サガはカノンに比べれば穏やかな性格で、細かいところに気がつく。

 「カノンは優しいお兄さんが居て幸せだね。いいなあ」
 「そのように言われるほどのものではないがな」

 サガはあの聖戦の中で、ジェミニの黄金聖衣をまとい自分の代わりに活躍してくれたカノンを、誇りに思っていた。
 その聖衣を返された時、弟とはもう二度と会うことはできない、と思ったのだが。

 「私はこの世界にカノンと共に引き寄せられた事を、奇跡と思っている。こうしてと過ごせる事もな」
 「…サガ。カノンはね、最初傷だらけで、ほんとに死にそうだったの。でも、助かった。私凄く嬉しくて。カノンの事、まだよく知らないけど、一緒に居る時間がすごい大切で…こんな気持ちになったの初めてで…」
 「…。カノンの事を、それほどまでに想ってくれるのだな」

 の優しさや心配りに惹かれたサガではあったが、カノンと、二人の間に芽生えた絆の強さを感じ、自分は一歩引いた位置から見守ってやろうという気になりつつあった。

 「カノンは喜ぶだろう。あんなに幸せそうで素直なあいつを見たのは、初めてだ」
 「…サガ…」

 頬を染めて俯く。少女らしい素直さと繊細さを持つ彼女にとって、カノンが与えた影響も大きいのだろう。
 
 その時、ドアが開き、寝ぼけ眼のカノンが姿を現した。

 「…おはよう」

 「おはよう、カノン」
 「カノン、おはよう」

 仲良くモーニングコーヒーを飲む二人を、僅か恨めしそうな顔でカノンは観て、「…朝の食事は、まだか」小さな声で聞いた。
 どうやら仲間外れにされたと思ったらしい。

 「大丈夫、カノンの分ちゃんととってあるから」
 
 ニコッと微笑む。その笑顔にカノンは機嫌を直した。

 「サガ、お前はもう食ったのか」
 「ああ。お前が遅かったからな」
 「…相変わらず口うるさいやつだな、サガ」

 カノンはが用意した自分の分のコーヒーを口に含みながら、思った。

 ―こいつら、俺が寝てる間に何かしていたのではあるまいな。

 しかし二人には一見して何の変化も無い。
 
 「どうしたのカノン、サガを睨んだりして」
 「私に何か言いたい事でもあるのか、カノン」
 「いや、何でもない」

 席につきながら、カノンは言う。「、これからはサガと同じ時間に俺も起こせ」
 
 「…え?でもカノン、何時もなかなか起きないじゃない」
 「力づくでも起こせ」
 「私、そんなに力無いってば…」
 「では私が起こそう、カノン」

 サガがたじたじのに助け船を出した。

 「誰がお前にと言った、サガ」
 「しかしカノン、寝起きのお前の相手はそれ相応の力のある者でないと無理だ。お前に自覚は無いかも知れぬが」
 「…二人とも…」

 今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気の二人に、は気が気で無い。しかし、が気づいていないだけで、この二人にとってはこの様な諍いなど日常茶飯事であったのだが。

 「良かろう。そこまで言うならばサガ、お前に任せる」

 カノンはしぶしぶと言った様子でサガに従った。


 そんな夜も更けて、サガとカノンは寝室に入り、も自分の部屋へ向かった。

 「おやすみ、サガ、カノン」
 「おやすみ」
 「おやすみ」

 ばたん、とドアが閉じられると、ベッドに入ったカノンは様々な想いを巡らした。

 「サガめ…何を考えている」

 そっとベッドの下を見やると、兄のサガはもうすやすやと寝息を立てている。
 呑気なものだった。カノンが憂いたような事は何も考えて居ないのかもしれない。


―俺の思い過ごしか。しかし…

 カノンはむう、と唸った。
 眠気は全く訪れず、しかしかと言ってを起こしに行くのも忍びがたい。

 時間だけが過ぎてゆく。
 結局眠れたのは明け方近くになってからだった。




 「カノン、おいカノン、起きないか」

 兄のサガの声でカノンはうとうとしながら目を覚ました。
 ベッドの中の安らぎに身を浸して居たい想いからその声を無視し続ける事数分。

 「―カノン。私が起きた時に起こせと言ったのはお前ではないか」

 サガが呆れたような声で言う。

 
「くっ…」

 カノンはそれでやっと身を起こした。言い返す言葉も無い。

 着替えて居間に行くと、が二人を迎える。

 「サガ、カノン。おはよう。カノン、今日はちゃんと起きたんだね!偉い!」

 に褒められて、子供扱いするな、と言いかけた言葉は引っ込んだ。彼女に悪意は無いのだ。

 「………」

 カノンは改めて、二人への疑念を晴らさずにはいられなかった。二人とも何もやましい事などしていない。

「…すまないな」

 カノンは素直に詫びの言葉を出した。

 サガとの二人は顔を見合わせ、「カノン、いきなりどうしたの」「私たちに謝るような事は何もしていないだろう」それぞれ口を開いた。
 カノンは複雑な表情で、の用意した食卓についた。気まずそうに目を二人から逸らす。

 (どうしちゃったんだろう、カノン)
 (私にも分からぬ)

 小声でがサガと話し合うのを聞いてもカノンは黙して居た。

 、結局お前はサガと俺、どっちが大事なのだ…

 心の叫びを、しかしは知ることなど無いだろう。
 焼きたてのパンを口に含みながら、カノンは少し切なくなった。

 「カノン、どうしたの?不味かった?」
 「…いいや」

 カノンはの顔がまともに見られなかった。
 それでは困ってしまう。

 サガはそんな二人のやり取りを観て、何とかしてやりたいと思いつつも、自分が口を挟むことで事態が悪化するような気がして、やはり黙って居た。

 ―っ…そんな顔をするな…

 カノンは二人に苛立ちつつ、それを悟られたくなくてやきもきした。
 は、「カノン。もしかしてジャムが足りなかった?幾らでも塗っていいからね?」的外れな答えを返して来た。本当にこいつと言う女は。鈍いというかなんというか。

 カノンは結局、「何でもないぞ。だから二人ともそんな顔をするな。…こっちの身が持たん」声を出して叫んでしまった。

 「カノン…」

 サガがに負けず劣らず、子犬のような瞳を揺らしている。険しい表情をしているであろう自分が馬鹿みたいに思える。
 こういう雰囲気が一番苦手だ。まるで自分が悪者のようで。ああ、悪と言われる事には慣れていたけれども。

 「カノン、幾らでもお代わりしていいから、機嫌直してね」

 がそう言うと、「餌付けか」と突っ込みを入れたくなったがやはりカノンは何も言えなかった。


 つづく
 

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