震える声で俺の名を呼ぶ。
 そんなあいつの事を―何時しかかけがえの無い存在だと思うようになっていた。

 fated〜罪〜

 傷がもうほとんど癒えたころ。
 カノンは、一人でぼうっと過ごす日々を送っていた。

 自分を省みる機会も増えた。

 生まれた時からずっと、兄の後を追いかけ、そしてそれに打ち勝とうと常に反発し、
 悪事を重ね、―遂にその兄にスニオン岬の岩牢に幽閉された事。

 力のある者がこの世を征服して何が悪い?

 神をも恐れぬ行動を取って来た自分の心は、悪に染まっていた。
 あの女神の温かな小宇宙(コスモ)に守られてきたことも知らずに。

 ―愚かだった。浅はかだった。
 所詮自分はちっぽけな存在でしかなかった。

 常に自分の居場所を求める、空虚な存在でしかなかった。

 女神の慈悲で悪の心が洗い流され正義に目覚めてから、カノンは今までの遅れを取り戻すかのように戦い続けた。
 狂うことも、死ぬことも許されない。只管、戦い抜くのみ。

 その先に待つ答えなど考えもしなかった。
 正義のために戦おうと、―罪は罪。自分は、裁きを受け命を失うのだ。そんな気持ちがあった。
 冥界三巨頭の一人、ラダマンティスと共にギャラクシアンエクスプロージョンを浴び、思ったのは、
 自分を更生させてくれた女神と、とうとう離れ離れになってしまった双子の兄―サガの事だった。

 想いは届かない。
 俺は地獄に堕ちるだろう。しかし、それも本望だ。

 


 しかし、落ちたのは地獄ではなく、戦いの臭いの全くしない、この地。
 そして運命的な出会いを果たした。

 と出会う事ができた。
 女神とは違った安らげる何かを、自分にもたらしてくれるかけがえのない存在。
 彼女に手当てされなければ、自分は確実に命を落としていた。

 は相変わらず自分を案じ続けた。

 傷が癒えて、動く事も困難で無くなった自分を、まだ家に留めておいてくれた。
 
 「―カノン。起きてたんだ。…退屈でしょう、一日中家に居るのは」

 が昼食の準備をしながら訊いてくる。

 「いや、そうでもない。…俺はいつも、留まらず、常に動いていたからな。こうして休む時間も必要なのだろう」
 「…そう。でも、何か思いつめてるみたいに見えるよ?」

 サンドウィッチの乗った皿をテーブルに置き、はカノンの顔を覗き込む。

 「カノンは罪を犯した、って言っていたけれど…もう十分すぎるくらいカノンは苦しんで来たんだから、今度は自分の事考えて、生きようよ。
 ずっと後ろを向いていたら、勿体ないよ」
 「…。」

 この少女は、自分の心を見透かしているようにも、何も知らないようにも見える。

 「あんなにひどい怪我をして―本当に、助かったのが奇跡なんだよ。それだけで、神様に守って貰えたって、信じた方がいいよ」

 カノンの身体を優しく抱きしめ、は言う。

 「私も、カノンの事が、とっても大切だから。だから苦しんで欲しくないし、幸せになって欲しいって思ってるよ」

 の身体は、カノンからしたら、すぐに壊れてしまいそうに頼りなげに見えた。
 しかし、この安らぎは、一体何なのだろう。

 「俺は―かつては悪に染まった男。幸せになる権利など無いと思っていたが。…お前はいつも俺に新たな考えを教えてくれるのだな」

 の背に自分の腕を回して、そっと抱きしめた。

 「俺にとっても、お前は特別な存在だ。よくは分からんが―お前と離れたくない。離したくない。不思議なものよな」

 壊さないように、大切にしたかった。
 今までは強さを―神をも畏れぬ力を手に入れ、神になり変ることすら考えた自分が。
 この様な一人の少女を壊すことを恐れるのが、本当に不思議でたまらなかった。

 「カノン。もう少し元気になったら、外に出ようね。そうしたら、気分も変わってくるよ。きっとカノンの住んでいたところとは違う、いい所がたくさん見つかるから。
 だからカノン。一緒に、ずっと一緒に居ようね」
 「…ああ。そのつもりだ」

 カノンはふっと笑って、の頭を撫で、愛しげにその髪を梳いた。

 「お前のように素直な気持ちを俺にぶつけてくる奴は、初めてだ。だから俺も、自分の気持ちを正直に話してしまうのかもしれない、な」
 「カノン…」
 「お前の前で嘘はつけん。神をもたぶらかした俺がだ」

 は嬉しそうに笑って、カノンの胸にその顔を埋めた。
 カノンはその温もりを胸に感じて―をまた抱きしめた。



 つづく

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