Hospital

 「サガ…やっぱり具合悪いみたいだね。熱がある。今日はゆっくり休んだら」


 Hospital
 

 はサガの額に自分の手を当てて、言った。
 当のサガは熱にやられて意識が朦朧としているらしく、僅かに頷いただけだった。
 こんなにひどい症状が出るまで弱っている姿を見せなかったのが、彼らしい。

 カノンはの連絡を受け、海界から早めに帰宅した。
 兄がすっかり体調を崩して寝込むのを見るのは、何年振りだろう。

 子どものころに自分がひいた風邪を移して、それが悪化したことくらいしか記憶にない。
 喧嘩っ早い自分は時に傷を負って帰宅し、サガに面倒を見てもらうことも多々あった。
 サガ自身に戒めのため叩かれたこともあったが、それもだいぶ加減しての事。

 本気で二人がぶつかったら、それこそ聖域中の騒ぎになるだろう。

 「、サガは風邪なのか?」
 「うーん。仕事のしすぎで、疲れがたまってるんだよ。…かわいそう」

 はつきっきりでサガの面倒を見ているらしく、サガが倒れた昨日から碌に眠って居ないようだった。

 カノンは血の繋がった兄の身を案じつつも、どうしたら良いか分からずその場に立ち尽くした。
 
 サガに無理をさせた自覚はあった。
 海界に自由出勤な自分とは違い、新教皇アイオロスの補佐に就いたサガの激務振りと言ったら、聖域中の噂だった。
 まだ未成年のと、弟の自分を養うために兄は満足な休みも取らず、無理が祟って体調を崩すに至った。

 済まないことをしたと思うし、それだけ自分たちを想ってくれるサガの優しさを、改めて思い知らされたような気がした。

 過労、という言葉は日本に来てから知った。
 今のサガはまさに過労で倒れているのだ。

 「サガは大丈夫か、

 それとなく聞いてみる。

 「大丈夫、お医者さんに午前中薬貰って飲んだから、少し経てば良くなるよ。やっぱり働きすぎだって」

 はサガの弟である自分を安心させたいのだろう、穏やかな表情で言った。

 カノンは不安な気持ちでいっぱいだった。
 血を分けた唯一の肉親である兄にもしものことがあったら―自分は。

 「お前だって、私にもしもの事があったら、アテナを守る聖闘士として戦わねばならんのだぞ」

 そう言って自分をいさめた13年前の兄の言葉が胸に刺さる。
 そんな事、あって欲しくなかった。

 サガと自分との三人で暮らし始めた時から、自分たちは家族で、離れ離れにならず、ずっと一緒に居るのだと思っていた。

 サガにもしもの事があったら―

 不安が表情に出ていたのだろう。が心配そうな顔で自分を振り返った。

 「カノン、サガは大丈夫だよ。だから、そんな顔しないで。サガだって今頑張ってるところだから」
 「…あ。ああ…」

 サガの手を握りしめていたは、カノンの手を引き、その手をサガのそれに重ねた。

 生きていることを十分肯定するくらいの温かさを感じた。



 その夜、なかなか寝付けずカノンはベッドを飛び出した。
 そろそろとサガの寝室に行くと、が相変わらずその傍について、サガの身体の汗を拭ってやって居た。

 「カノン、起きたのね。…やっぱり心配だもんね」

 がすぐそれに気づき、力なく微笑んだ。

 「サガは…」
 「もう熱は下がったみたい。朝にはきっと起きてくれるよ」
 「そ、そうか」

 サガは穏やかな表情で寝息を立てている。苦しそうだった昨晩とは違うその様子にほっとカノンは胸を撫で下ろした。

 「サガ…」

 カノンは泣きそうになっている自分に気付いた。
 いつも元気な時は衝突してしまう自分たちではあったが―やはり、大事な肉親であることに変わりはなく。

 「カノン、泣かないで。―大丈夫だよ」
 「…すまん」

 カノンは再び自分の寝室に戻ったが、…結局寝付けなかった。



 翌朝。
 リビングにすっかり元気を取り戻したサガの姿があった。

 「カノン、心配を掛けてすまなかったな。私はもう大丈夫だ」
 「…そうか」

 サガの顔がまともに見れずカノンはふいと横を向いた。彼のために涙を流しそうになった自分が、なんだか格好悪く思えた。

 サガが僅か悲しそうな顔で自分を見詰めている視線に、気付いていないわけではなかったけれど。

 「。カノンは何を怒って居るのだ?」
 「サガ。怒ってるわけないじゃない。すごく心配してたんだよ、カノンはサガを」
 「…そうなの、か?」

 サガが目を丸くする。
 
 「…言うな!」

 がふふっと笑った。

 「カノンったら泣きそうになるくらい心配してたのに―」
 「言うなと言っているだろう!」

 思わず振り返って叫ぶと、もサガも目を丸くし―そして、次の瞬間には二人とも笑っていた。

 「笑うな!」

 心配を掛け通しだったくせに、カノンは眉をしかめた。
 しかし、悪い気持ちがしないことが不思議だった。

 すっかり平和の戻った三人の家の窓から、明るい太陽の光が差し込んでいた。



 おわり

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