私の、大切な宝物。
JEWEL
カノンが海界に出て、珍しく帰宅が遅くなると連絡があった。
一方私は、仕事が早く片付き久しぶりに早く帰宅した。
共に住むは、いつものように私を迎えてくれる。
「おかえり、サガ」
「ただいま、」
私の上着を受け取ると、はじっと私の顔を見詰めた。
「どうした?」
尋ねると、ははっとしたように目を逸らした。
「…やっぱり、サガって…奇麗な顔してるなあって思って」
頬を赤くする。
私はその気持ちがよく分からず、の顔を覗き込んだ。
「急にどうした。私は、いつもの私だ」
「…そう、だけど」
ふるふると首を振って、「ごめん、変な事言って」は玄関から廊下を駆けて行った。
おかしなものだな、と私は一人呟いた。
仕事着を脱ぎ捨て、私はシャワーを浴びた。
最近急に気候が暑くなってきた。こまめに身体を清める癖は、聖域に居た時から変わらない。
風呂場から上がり、私はふとある事に気付いた。
―バスタオルを忘れた。
すっかり濡れた身体のまま部屋に行くわけにもいかず、仕方なく私はを呼んだ。
「。…すまないがバスタオルを持ってきてくれないか」
このところ物忘れが激しくなっているのか、私はバスタオルを忘れる事が度々あった。
風呂場の戸が僅かに開き、タオルが押し込まれる。
「サガ、受け取って。…サガってホント、時々ドジだよね」
「そうなのか?それは、気をつけねばならんな」
タオルを受け取りながら私はに答えた。
夏場に長い髪はやり辛いな、そう思いながら私は髪を拭いた。
それから丁寧に身体も拭くと、すっきりとした気分に落ち着く。
風呂場を後にし、キッチンに向かう。
「、上がったぞ。食事はまだか」
「もうできてるけど…サガ」
はまた私と目を合わせようとしなかった。
訝しげに彼女を見ると、「聖域に居た時は、皆裸だったの?」また微かに頬を染めて訊いてきた。
「ああ。…縛られるのが苦手でな、夏場はいつもこうだ。それがどうかしたか」
「…いいけど。別に」
カノンが居る時との様子が違う、私はやっとそれに気付いた。
二人きりで家で過ごすのは、久々の事だ。
年頃の娘であるを、私は意識しないわけではなかったが―そういえば最近、少しづつ大人びてきたように感じた。
は私やカノンの好きなオリーブオイルをふんだんに使った料理を用意してくれていた。
故郷の味と全く同じというわけではないが、彼女の料理の味はなかなかのものだ。
「、美味いぞ」
「ほんと?」
素直に喜ぶについ感想を言いたくなる。実質的に私がの保護者のようなものだから、たまには私が料理をしてやってもいいのだが、
生憎普段は仕事に追われ、家事はにまかせっきりになってしまっている。
もう少し、と一緒に居る時間を増やしたいとも思う。
普段はカノンが居るから、寂しい思いはさせて居ないとは思うのだが。
食器を片づける。私はリビングのソファに座り、ぼんやりとしていた。
テレビをつける習慣はなかった。
やがて、うとうとと眠気が込み上げてきた。
私はそのまま、その場でまどろんでしまっていた。
「サガ…サガ。こんなとこで寝てたら湯冷めしちゃうよ、起きて〜」
家事を終えたらしいに呼ばれた気がしたが、食後にあおった酒の影響もあり、意識はぼんやりと曇っていた。
私は、自分でもよく分からないうちに、自分の気持ちを抑え込んでいたらしい。
私をそっと叩くその手を取り、ぐいっと引き寄せた。
「サガ?…んっ…」
が待ったをかけるように私の背中を叩いた。
私はそれではっと我に返った。
「…、どうした。私は何かしたのか?」
「…サガの馬鹿っ…」
があの恥ずかしそうな顔で、口元を押さえている。
私は唇に柔らかな感触が残っている事に気付いた。…私は。
「すまん、今のは…」
がふいっと後ろを向き、ぱたぱたと自分の部屋に駆けて行った。
ばたん!
思い切り強く閉められたドア。
―とんでもない事をしてしまった。私はになんと詫びれば許してもらえるのだ―
思春期の真只中の娘に手を出すとは、如何に同居している保護者とはいえ許されるものではない。
私は自分の行いを悔いた。
暫くして帰って来たカノンに、「どうしたのだサガ、そんなに落ち込んでいるのは珍しいな」そう問われて
事の一部始終を話してしまった。
「それはお前が悪いな…」
「分かっている。…しかし。」
「暫く放っておけ。今話しても火に油だぞ」
「………」
「ついでにサガ、お前、の前では上だけでも裸になるな。下など以ての外だが…」
カノンはふいと横を向き、「悔しいが、はお前に気があるらしいからな」小さな声で言った。
―なに?
カノン、お前、今なんと?
私は揺れ動く自分の気持ちを持てあました。
翌朝。
より早く起きる筈だった私は、目覚まし時計のスイッチを止めていたらしく。
「サガ!今日は寝坊したね。ご飯作ってあるから早くして!遅刻しちゃう」
いつもの元気なの顔が視界に収まった。
昨日の事が嘘のようだ。
私が戸惑っていると、がぼそりと呟いた。
「昨日の…私、嫌じゃ無かったよ」
訊き返す暇を私に与えずは背を向け、部屋を出て行った。
私は自分でも珍しく慌てて、仕事着に着替える準備に取り掛かった。
おわり
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