私たちの距離は、近いようで遠く、届きそうで届かなかった。
Distance
「。…おはよう。もう私は家を出るぞ」
「ん…」
朝の目覚めは、私がを起こすところから始まる。
が起こさなければとても寝ざめの悪い弟のカノンはそのままにしておいて、身支度を整え、
前夜が用意してくれていた簡単な朝食を取って、仕事に出かける。
「おはよう…サガ。」
嬉しそうな顔で私を見て、は身を起こす。
このの顔が見たいがために、彼女より私は先に起きるのかもしれない。
「この頃仕事忙しいの?帰りが遅いけど…」
「あぁ。会議が続いてな。仕方のないことだ。」
カノンは気まぐれに海界に出入りするくらいで、後は家でごろ寝するか遊びに出かけるかで、仕事熱心とはとても言えなかったが、
家族三人を支えるためにも私が働くしかなかった。
次期教皇にはアイオロスがなる、そんな予感がしていたが、それも仕方あるまい、と思っていた。
努力が報われる場合ばかりとは限らない。
「サガ、無理しないでね。身体大事にしてね」
「分かっている。心配するな。…お前が私の健康管理をしていてくれるおかげで、私は安心して仕事に出られるのだ」
はいつも私を案じた。
その気遣いは、とても有難いものだと思う。
同居しているカノンも、素直な言葉は出さないにしろに感謝しているようだ。
一時期のように悪事を重ね、荒れに荒れていた性分は、すっかりなりをひそめている。
「行ってらっしゃい、サガ。気をつけてね」
「ああ。行ってくる。留守を頼むぞ、」
私の中の「悪」の心もまた、浄化されていた。いつのまにか。
アイオロスを羨む気持ちも、自らが教皇として世界の救世主になろうというおごりも、消え失せていた。
元の素直な、謙虚な気持ちを取り戻せたのは―という心癒される存在がいたからだと、心から思う。
教皇の間から下がって、執務室に戻る途中アイオロスに声をかけられた。
「サガ、お前、…何か、変わったな。いつも優しい顔に違いはないのだが、なんだか嬉しそうだ」
「…そうか?」
返す言葉も明るくなる。私は今、満たされていた。
仕事にも身が入るし、苦痛もない。
その日の仕事はいつになくはかどり、早めに帰路につくことができた。
「ただいま」
「おかえり、サガ!」
が駆け寄ってくる。まるで子供のような反応に思わず表情が緩む。
「どうした、何がそんなにうれしい?」
「だって、サガが早く帰ってきてくれたんだもん」
私はの頭に手を置いた。何となく、そうしてみたくなった。
遅れて、カノンがむすっとした顔で出てきた。
「お帰り、兄さん」
カノンが兄さんと俺を呼ぶ時は、決まって何か後ろめたいことがある時だ。
それを不審に思っていると、が応えた。
「カノンね、サガの分のビール全部飲んじゃったの。ほらカノン、謝りなって」
「…すまん」
「ビールくらい、また買ってくれば済む話だ。…も気にするな」
私は少し可笑しくなって笑ってしまった。とカノン、それに同い年の私とは相当な年の開きがある。
それにもかかわらず、まるで母親のようにカノンを叱るが微笑ましく思えた。
物心つくかつかないかで亡くなった母の面影をに見出すことは、…勝手かもしれないが。
「サガはやっぱり優しいね。良かったね、カノン!」
「…ふん」
カノンは俺と目を合わせようとしなかったが、それでも良かった。
もカノンも、私も、きっとこんな生活がずっと続くことを望んでいる。
「晩ご飯、これから作るから、暫く待っててね。二人とも」
が台所に向かう。付かず離れずのこの関係を、もう少し進展させたい気持ちもないわけではなかったが。
今はこれで十分だ。
私はソファに座り一息つきながら、そう思った。
おわり
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