Distiny

 俺は俺として生まれたことを、後悔なんてしてない。
 一度だって、後悔なんてしたことなかった。


 Distiny

 「カノン!おはよう!」
 「むっ…」

 朝の目覚めはの元気な声で始まる。
 俺、サガ、の三人の生活は、…今日も、平和だ。

 俺は寝癖のついた髪を撫でつけながら身を起こした。前夜に酒をあおったせいか、頭痛がする。

 「サガはどうした」
 「仕事だって言ってとっくに出かけたよ。同じ兄弟なのにカノンはどうして夜型人間なのかなあ…」
 「…構うな。放っておけ」
 「でもねカノン、ちゃんとおひさまの光浴びないと、余計夜型人間になっちゃって具合悪くなるよ」
 「…ふん。…分かっている」

 はふふっと笑って俺を見詰める。

 「何だ。俺の顔に何かついているのか」
 「ううん。…ただ。本当にサガそっくりだと思ってたけど、やっぱり微妙に違うね。カノンの方が、なんか幼い」
 「……お前に言われたくはない」
 

 俺は自分でも分かるくらいに、むっとした表情をしていたようだ。
 嬉しそうにまた笑って、は立ち上がった。

 「でも、違って当たり前だよね。サガはサガ、カノンはカノンだもん」
 「………」

 は俺の気持ちを、分かっているのか分かっていないのか、よくわからないときがある。
 俺は「カノン」として扱われた記憶がほとんどなかった。

 まともに名前を呼ばれたことすら、だ。
 分け隔てない愛を注いでくれたと、サガに言って聞かされた母親の記憶さえ曖昧で。

 「カノン」

 優しい声が俺の名を紡ぐ。

 「私は、サガもカノンも、大切な家族だって、思ってるからね」
 「………」

 ―家族。
 俺にとっても、は大切な。

 「。…腹が減った。朝食の準備はできているのか」

 俺は自分の気持ちを悟られまいとして話を逸らす。

 「もちろんできてるよ。昨日はサガの好きなものだったから、今日はカノンの好きなものにしたからね」
 「…そうか。ならば、すぐにでも」

 薄い掛け布団を撥ね退け、俺はベッドから身を起こした。

 「…あ、ちゃんと上着着なきゃダメ。風邪ひいちゃう」
 「暑苦しかったから、脱いだまでだ。…だがサガと同じになるのも癪だ。着替えてくる」

 サガはという年頃の娘の前にもかかわらず、上半身裸でそこらを歩く癖が治らなかった。
 本人に悪気が全くないので始末が悪い。

 が時折そのサガに声を掛けられると頬を赤くしているのに、やつは気づいているのか。

 まあいい。
 俺は手に入れたいものを―譲る気は毛頭なかった。たとえ実の兄に対しても、だ。

 は平等に俺たちに愛を注いでくれているつもりだろうが。


 「、着替えたぞ」
 「…ほんとに。服、同じのしか持ってないのね」
 「ならば、お前の趣味で俺に似合うものを買ってこい」
 「カノンのサイズはおっきすぎるから、日本のだと確かに合わないから…いいか」

 …まったく同じサイズのサガは法衣から聖衣から、次から次へと服を変えているんだが。
 俺は生憎服装に無頓着だった。

 同じデザイン・色の服を何着も着まわしているのが落ち着く。
 洗濯に出しても痛まないのがいい。

 のおかげでそんな所帯じみた知識すら身についてしまった。
 日本という国は、案外俺にもサガにも合っているらしい。

 「じゃあ、ご飯にしよ。食べ終わったら出かけるんでしょう?」
 「いや。…今日くらいは家に居る」


 一言そう言ってから、仕事中のサガに心の中で詫びた。

 「あー!」
 「ん?どうした
 「あれだけ買っておいたビール、いつの間に飲んだの!」
 「知るか」
 「知るかじゃないでしょ、もう、サガがお風呂上がりに飲む分まで無くなっちゃったじゃない」

 むくれた顔をして俺を叱るに俺は言った。

 「俺のものは俺のもの、サガのものは俺のもの、だ」
 「ホントに…」

 は文句を言いつつも朝食をテーブルに運んできた。
 
 俺にとっては平和なこのひとときが、何よりも大切だった。



 おわり

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