幸せは、与えられるものでなく、築くもの。
そう考えを改めることになったのは―君に出会ったから。
Family
春の風が、さらさらと木々を揺らす。
セーラー服に身を包んだ少女は、いささか緊張した面持ちで、ある建物のチャイムを押した。
表札のない、竣工間もない白い壁の家。間もなくドアが開けられた。
「良く、来たな」
少女はそっとその声の主を見上げる。長身の青年は、優しく微笑んだ。
時は少し遡る。
少女を迎えた青年―双子座(ジェミニ)のサガは、その弟カノンと語り合っていた。
「女神のたっての願いだ、私とお前と、『その娘』の三人でこれから日本で暮らすのだ」
「なに?まだ十四歳になったばかりの娘とだと」
聖戦が終わりを告げて久しい。
新教皇には以前の教皇シオンの考え通り、アイオロスが抜擢され、サガはその補佐として力を尽くすことになった。
その双子の弟、カノンは海界の海将軍、シードラゴンの地位と、それに聖域を守る双子座の聖闘士の地位を兄から譲り受けた。
しかし、基本的には自由で縛られない身分であることをカノンは望んだ。…それが。
「なぜ俺が、お前とそんなガキと一緒に暮らさなくてはならんのだ」
カノンはあからさまに不満をぶちまけた。サガはそんなカノンをたしなめた。
「カノン、女神のご意志に逆らうつもりか。…それならばやはりこの兄の手で、再びスニオン岬に…」
「わ、分かった。分かったからもうアレは止せ、サガ」
慌ててカノンは兄に待ったをかけた。サガは「分かれば良い」とカノンに背を向けた。
「女神は仰った。私たちに普通の、幸せな生活を送れとな」
「女神。…その娘を、このサガに任せると?」
「そうですサガ、あの娘に会えば、分かります。貴方にも。あの娘の小宇宙はそれだけ人を癒し、落ち着かせる何かを秘めているのです」
笑顔でそう言った女神の言葉を、信ずるならば。
戦い抜いた自分たちに与えられる新たな生活は、幸福に満ちているのかもしれない。
「はじめまして、私、と言います」
ぺこりと頭を下げた少女は、女神―沙織と同じ学校に通っている同級生とのことだった。沙織とは、何でも話し合える親友。
最近二人暮らしをしていた父親を失い、見かねた沙織の意思で、新たな保護者を立てることとなった。
適任と判断されたのが、サガである。
年齢は彼女の倍以上、精神的にも大人で、また、反乱を起こした時のような邪悪は全て消え去った彼に女神は友人を任せることにしたらしい。
「、聞いていると思うが、私が女神のご意志でお前の今後を見ることとなったサガだ、よろしく頼むぞ」
「…はい、サガさん」
恥ずかしそうに敬語を使う。サガはその緊張をほぐそうと、言った。「私はお前の保護者だが、そのように気を使う必要はないぞ。私の事はサガと呼んだらいい」
そっと顔を上げるは、やや頬を紅潮させながら、「…サガ」小さな声で言った。サガはその彼女の様子を微笑ましく思った。
「それから、お前と暮らすものはもう一人いる、おいカノン、ここへ来て挨拶するのだ」
サガの後ろからひょっこり現れた、サガと同じ顔をした男に、驚いたように目を丸くする。カノンはふいとそのから目を逸らしながら、呟いた。
「俺はサガの双子の弟、カノンだ」
がわずか戸惑った様子を見せたのに、サガは安心しろ、と言った。「カノンに悪気はない」
カノンは再び、の顔を見た。「俺の事もカノンと呼べ。」
は頷いて、「よろしく、カノン」愛らしい笑顔で彼の名を呼んだ。
カノンはそれで、仏頂面を少し緩ませた。サガも安心したように二人を見た。
「うむ、。挨拶も済んだことだ、荷物を持って私の後についてくるがいい、部屋が用意してあるぞ」
「…ありがとう、サガ」
は荷物を大切そうに抱きしめ、サガの後を追った。ばたんと家のドアが閉まった。
サガとカノンと、三人の共同生活は今日、始まった。
つづく
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