微熱

 「ねえねえ、あの人すごい格好よくない?モデルさんみたいに足長いし、きれいな顔だし」

 親友に言われ、月村は顔を赤く染める。
 女子校育ちの自分にとって、彼はあまりに眩しい。


 「え?なになに知り合い?こっち来るよ」
 (今は来てほしくない…のに)

 「。」


 微熱

 僅かに甘い声で名を呼ばれ、胸がどきりと高鳴る。
 長身の、モデルにも見まがうほどのすらりとした体躯。
 
 放課後の友人との気分転換のカラオケ大会。
 すっかり喉がやられた状態で、偶然恋人と遭遇するなんて。

 「どうした、。聞こえなかったのか?」

 描いたわけでもないのに絶妙なラインの眉をほんの少し上げて、カノンが呟く。

 「ちょっと!呼ばれてるよ」
 「………」(声が出ない)

 すっかり頬を赤くして黙りこむに、カノンが歩み寄る。

 「熱でもあるのか?顔が赤い」

 友人が恐縮して、「じゃあ、私帰るね!」そそくさと駅へ向かってしまった後、
 カノンとだけがその場に残された。

 「………」(声が出ないんだってば)

 カノンの長髪がふわりと舞う。
 端正に整った顔が、のすぐ目の前にあった。

 「私を困らせて、どうするつもりだ?

 真摯な瞳に射抜かれ、頬が熱くなる。
 …最近仕事が忙しくて、なかなか会えなかったのに。

 カノンには顔が瓜二つの双子の兄がいて、彼は青年実業家として活躍している。
 28歳になるカノンはその右腕として、力を発揮している。

 平日の夕方にこんな場所を歩いているなんて、普段だったらとんでもないことだ。

 「…声が出ないんだよ…カノン」
 「…なに?」

 枯れに枯れた声を絞り出すと、カノンが目を丸くする。
 
 「それはいけない。…風邪でも引いたら一大事だ」

 夏服の薄手のニットの上に、カノンがはおっていたジャケットが被さる。
 骨ばった、大人の男性の手でぐいっと手を引かれ、ははっとしてカノンを見上げる。

 「帰ろう。…私の部屋に来い。風邪薬もあるぞ」

 (ねえねえ、人前で手、繋がれたら恥ずかしいよ、カノン格好いいから、皆見てるもん)

 通行人の女性たちの多くが羨望のまなざしでを見つめている。

 「…。お前に会いたくて仕事を早く片付けたのだ。早く元気になるのだな」

 ぐいぐいと手を引くカノンの歩みは早い。
 強引で、でもどこか優しくて、頼もしくて、安心する。

 父親の取引先の社長がカノンの兄・サガで、の家に彼ら兄弟が招かれた時に、一目会っただけで
 カノンは自分に一目ぼれしたのだという。

 自分からすれば、ごく平凡な一介の日本の女子高生にすぎない自分を、容姿端麗で語学も嗜む(彼はギリシア出身だった。それが信じられぬほどに日本語が堪能だった)、彼が見染めたのかは分からない。

 けれど自分もまた、彼に一目ぼれした事実があるわけで。

 (カノン…元気になったらまたドライブ連れて行ってね)

 自分みたいな子どもを(カノンから見たら10歳も下の)、彼が相手にするのは不思議であったけれど、嬉しかった。

 高校を卒業したら一緒に住むか、そんな話を嬉しそうにする彼を、はたまらなく愛しく感じていた。
 恋人の住む高級マンションへ向かう道は、長いようで短かった。

 おわり



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