「サガ。私を抱いて欲しいの」
目の前にちんまりと座った女神―沙織が瞳を輝かせながら乞うたのに、サガは危うく読んでいた本を取り落しそうになった。
Hug
「―な、女神。…今何と仰いましたか。このサガにはよく…」
「何度も言わせないで。私を抱いて欲しいって、言ったのよ」
拗ねたように沙織はサガの右腕に自分の手を絡ませ、上目遣いで訴える。
「サガはいつも、私を子ども扱いするではありませんか。私だって女です。女神である前に、沙織、という一人の女です。どうして私を…」
「女神。私は貴方に仕える聖闘士。尊敬こそすれ、子ども扱いした覚えなどございません」
沙織の機嫌を直そうと、サガは優しい表情で彼女の肩にそっと手を置いた。沙織はサガの腕にぶら下がったような姿勢のままだった。
「ねえ、サガ。私は優しいおじい様はいたけれど、ちゃんと抱っこしてもらったことはないのですよ。だから…」
「…女神」
あらぬ誤解をしていたことに気づき、自らを猛烈に責めながら、サガは一方で安堵のため息をついた。
御年十三歳。この二十八にもなる自分の生の半分をも生きていない、神聖なる存在を、一人の女性として見ていたことに気づかれてはならない。
聖戦後、復活してからお忍びで頻繁に双児宮を訪れるようになった彼女の想いを知る由もなかったが。
「サガ、お願いです。私を抱いてください。少しでいいのです。そうしたら、満足しますから」
「女神…貴方の願いとあらば、このサガ、聞き入れぬわけにはいきません」
サガは聖衣を纏った、逞しい両腕を、そっと沙織の腰のあたりにまわした。
「きゃっ…サガ…」
「女神。…ご無礼をお許しください」
想像以上に軽かった、守るべき女神を、サガは大切そうに抱き寄せた。俗にいう「お姫様抱っこ」という姿勢をとり、サガは沙織と見詰め合った。
「これでご満足でしょうか。…女神」
「サガ…ええ…でも、重くないのですか」
「いいえ、女神」
自分の力で壊してしまうのが怖いくらい、柔らかくて脆い、少女の姿をした女神、沙織。
サガは自分の中のもうひとりが、ふと背中を押すように一瞬だけ、肉体を支配したのを感じた。
菫色の美しい髪をそっとかき上げ、絹のように白く滑らかなその頬に、サガは口づけた。
「サ…サガ…!」
沙織の声ではっと我に返ったサガは、自分の行いを心から悔いた。
「も、申し訳ございません女神、このサガ、どうお詫びしたら良いか…」
「いいえ、サガ。貴方がこのように積極的になってくれるなんて、滅多にないことではありませんか」
沙織は嬉しそうだった。頬を心持ち紅潮させ、瞳は潤んでいる。
「でも、少しの時間だったから、良く分からなかったわ。…サガ、お願い、もう一度、今と同じことをして」
「女神…しかし」
「あなたに勇気が出ないのなら、私が…」
「ア、女神…そのような恐れ多いことは」
サガは恐縮し、沙織から目を逸らした。沙織はそのサガの頬を両手ではさみ、お返しのように口づけた。ただし、今度は頬でなく、サガの唇に。
「サガ、これでおあいこですよ」
「女神…」
ふふっと笑って沙織はサガの首に両腕を回して抱きついた。
「サガ、私は幸せです。有難う」
サガはその眩しいまでに美しい女神に、すっかり心を奪われたまま、彼女を下すこともできず、その場に立ち尽くした。
おわり
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後書き:反転
林様にリクエストして描いて頂いた素敵絵からインスピレーションを受け完成。
沙織さんは積極的でサガは大人であってほしいな。(へたれも可)
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