Birthday

 「ふう…あんまり華やか過ぎる会って言うのは疲れてしまいますね」

 女神―城戸沙織の誕生日パーティは、グラード財団主催のもと盛大に行われた。
 学校の同級生から、聖域の黄金聖闘士達に至るまで、華やかに着飾った招待客で会場は賑わった。

 主役の沙織と言えば、毎年の事とはいえその雰囲気が苦手なままだった。
 皆に祝ってもらえるのは素直に嬉しい事だったけれど。
 どうも、落ち着けない。

 そこでこっそり会場を抜け出して来たのだ。
 学生たちはともかく、成人した者たちは振舞われた酒に夢中になるものも多く、宴が始まってから沙織の不在に気付くものはごく少数であった。
 
 普段から女神とかしずかれ、崇められる自分には未だなれない部分があった。
 出来得る事なら、普通の少女として、重責を負わないごく平凡な生活を送りたい気持ちは捨てきれなかった。もちろん、戦いにおいては凛として臨んだけれども。

 普段より豪奢なドレスに身を包んだ沙織は、今日の主役に相応しく、美しかった。
 
 …でも、独りで居るのも寂しいですね、もう少ししたら戻りましょう。

 あの辰巳あたりがそろそろ慌てて居るころだろう。
 ドレスの裾を汚さぬよう持ち上げて、そろそろと沙織は歩いた。

 プレゼントの山も、祝いの言葉も、全て有り難く受け取ったけれど。
 
 ―誕生日はもう少し静かに、大切なひとと二人きりでお祝いしてみたい。

 14歳の沙織はもう少し大人になった自分を思い浮かべる。洒落たレストランでワイングラスを傾け、高級料理を口にしながら恋人と語らう、そんな誕生日に憧れを抱いていた。もっとも今は相手が居ない。そんな理想像を頭の中で描いては、落胆のため息をついた。我儘かもしれないが。


 そうして会場に戻ろうと歩く沙織の前に、一人の男性が現れた。

 
 「貴方は…」

 沙織は目を丸くする。
 
 「女神、こんなところに居たのですね。皆心配しております。如何かお戻りください。お一人は危険です」

 そう言って恭しく頭を下げたのは、双子座(ジェミニ)のサガ。沙織の一回り以上年上の、大人の男性。黄金聖闘士の中でも最強と謳われた存在。
 サガは、いつもの聖衣で無く、周囲の正装に合わせたタキシードを身に纏っていた。
 快晴の空のように蒼く長い髪が、さらさらと風に靡く。

 「…サガ。貴方でしたか。一瞬誰か分かりませんでしたよ。似合っていますね。その格好」
 「光栄にございます、女神」
 
 またサガは頭を下げる。このサガはじめ黄金聖闘士たちが復活してから、平和がやっと戻ったという想いが沙織の中にはあった。
 かつては悪に染まり、自分を暗殺しようとしたとは思えぬくらい、今のサガは穏やかで優しそうな表情をしている。

 「サガ。お願い、もう少しだけ此処に居て良いでしょうか。貴方と二人きりでお話がしたいのです」
 「…私、とですか。しかし女神…」

 動揺するサガを笑顔で遮り、沙織は言った。「今日は来てくれて有難う、サガ。貴方に祝って貰えるのは本当にうれしいです」

 「…勿体無きお言葉にございます」

 サガは聖衣を纏っている時ももちろんだが、今日の姿も不思議と様になって居て、とても格好良かった。沙織はサガの大人の魅力に胸が騒ぐのを感じた。
 このサガと二人で語らう時間を持てたのは嬉しかった。

 「私は何時か、大切なひとと二人でお誕生日をお祝いしたいのです。…こんな気持ちは変でしょうか、サガ」
 「いいえ。女神。」

 言葉少なめなサガ。自分に忠誠を誓ってくれている身ゆえに控えて居るのだろうか。もっとこのサガと二人で話したい、そう思ったのは女神でありながら沙織がサガに好意を寄せて居たからに他ならない。

 「私も、女神に直接お伝えしたかったのです。お誕生日おめでとうございます。女神」
 「ありがとう、サガ。貴方の気持ちを嬉しく思いますよ」

 沙織は微笑んだ。それでサガがちょっと恥ずかしそうに目を逸らした。
 そのサガの様子を不思議に思い、沙織は問いかけた。「どうしました、サガ」

 「いえ。…ただ、女神は何時もお美しい。しかし今日は格別にその美しさが増して見えます。少しづつ大人の女性になってゆくのですね、これから」
 「有難う。サガにそこまで言って貰えるなんて、今日少しだけれど、サガと距離が縮まったような気がします」

 沙織は空を見上げた。綺麗な月が輝いている。
 光に照らされたサガの顔も、胸がどきりとするくらい美しかった。

 「女神、私は女神に仕える聖闘士である事を誇りに思っております」
 「あら。そこまでかしこまらなくても良いのですよ、今日の私は女神ではなく城戸沙織なのですから」


 サガはふと、優しい表情を見せた。

 「分かりました。このサガ、今日だけは女神に仕える聖闘士としてではなく、一人の男としてその生誕を祝いますゆえ」
 
 沙織はまた笑って、サガとこの様に幸せなひとときを過ごせる誕生日をこの上なく嬉しいものに感じた。


 おわり


 PINK ROSE