黄泉がえり

 もう、苦しまなくとも良いのです。
 貴方は、十分すぎるほど苦しんだのですから―

 彼の憂いを含んだ顔を見る度そう思った。

 黄泉がえり

 「…女神…」
 「おかえりなさい、サガ」

 双児宮でその身を起こしたサガを、沙織は迎えた。

 「…私は確かに嘆きの門と共に散った筈…」
 「戦いは終わりました。…サガ、貴方達のお蔭で、地上の愛と正義は守られました」

 沙織はその目に涙を溜めて居た。
 
 「さぞかし辛く、苦しい想いをして来た事でしょう…サガ。」
 「…女神」
 「貴方に私の力で新たなる命を吹き込めたことを、嬉しく思います。またこうして貴方と出会えたのですから」

 沙織は戸惑うサガを安心させるかのように、その背に自分の手を置いた。
 温かで、頼もしい。13歳の自分からすれば親子程の年の開きがあっても、沙織はサガの誇り高さを、儚さを、優しさを愛した。

 「女神、それでは貴方様が私を救ってくださったのですね。」

 サガの瞳が揺れている。
 この人は―13年前私を殺そうとした人。けれど、何時でも正義と愛の心を忘れなかったひと。

 「…サガ、女神としてではなく、城戸沙織として言います。…私は貴方を愛しています」
 「ア…女神…」

 甦ったのは自分だけではない筈なのに、女神直々に出迎えてくれた事を、サガは不思議に思っていたのだが。
 女神に―守るべき女神にそのような言葉をかけられ、如何していいものか良く分からなくなった。

 女神は敬愛すべき存在であり、決して自分の様な愚かしい人間が近付くものではない、と思っていたから。

 「よく、戻ってきてくれましたね。もう、何処にも行かないでください…」

 沙織の目からどっと涙が零れた。少女としての多感さを、如何に女神であるとはいえ捨てられないのは分かって居た。

 「女神、勿体なきお言葉にございます。このサガ、そのお気持ちを嬉しく思います」

 美しい菫色の髪がさっとサガの肩に落ちる。サガははっとした。
 女神、沙織の両腕が自分の首に回って居たから。

 「どうなさいました、女神」
 「貴方のことが放っておけないのです。…暫くこうさせてください」

 サガは無言で、女神の為すがままに任せて居た。
 決して悪い気持ちはしなかった。寧ろ、嬉しかった。女神に自分の生を祝福してもらえるのは。―いや、城戸沙織としての彼女も、サガは愛して居たのかもしれなかった。

 「サガ。…本当に、本当に有難う」

 サガは声を震わせる沙織の背中に、そっと手を回して抱き寄せた。


 おわり