「ア…アテナ…このサガ、赦されるのであれば正義のために生きたかった…」
 腕の中で、悲しい悲しい命を終えた、貴方。
 出来得る事なら、貴方の魂を救いたかった。


 花


 「サガ、如何したのです?この花は…」
 「今朝、双児宮の裏手に咲いておりましたゆえ、お見せしたく持ってまいりました」

 サガは恭しく頭を下げながら、一輪の白百合を沙織に捧げた。
 
 「美しい花ですね。…有難う、サガ」
 「お気に召したのなら幸いでございます」
 「サガ、皆の前ではともかく、私の前ではその様に控えなくとも良いのですよ。もう少し、気を楽にして私と接してください」
 「…滅相もございません。我が身は女神の慈悲を受け、再びこの世に生を享けたもの、…」
 
 サガは頭を下げたままそう言った。
 沙織は微かに微笑って、サガが控える階段の下まで降り立った。

 「貴方はいつも、私によく尽くしてくれますね」
 「私は貴方様を守るべき聖闘士。当然の事でございます」
 「…サガ。では私の事を、一人の少女としては観てくれないのですね…」
 「…は」

 サガはさすがに驚いたらしく顔を上げた。
 
 「私は貴方を、特別に思っているのです。…そう、あの時、貴方が自ら胸を衝いた、あの日から」
 「…女神…」

 サガは僅か、切なそうな顔をして沙織から目を逸らした。

 「あのような事で、私の罪が潅がれるとは思っておりませんでした。寧ろ、私は死を選ぶことによって自らの罪を悔いる時間を失ったのかもしれません」 
 「…サガ…」

 沙織は膝をつき、控えたままのサガの両手を取った。
 サガの瞳は僅かに揺れて居た。

 「もう、昔の事です。貴方は罪を償うために戦い、そして、平和を築くための礎となったのですよ。それで十分ではありませんか。もう自分を責めずとも良いのです。私は、貴方の様な悲しい想いをする人々を、ひとりでも減らしたく思っているのです」
 「…勿体無きお言葉にございます、このサガには。女神」

 サガが沙織の手を、遠慮がちに握り返してくる。
 骨ばった大人の男性の手。…その彼を、沙織はいとおしく思っていた。

 「…サガ。今度は正義のために、いえ、自分自身のために生きてください。私は貴方の幸せも望んでいるのです」
 「女神、私は…」

 複雑な心境なのだろう、無理もない、沙織はサガの葛藤を想い切なくなった。
 
 「もう、苦しみ、悲しむ時は終わったのです。長い闘いも。私は一人の少女としても生きたい。貴方を愛する、一人の少女として。…サガ、私の気持ちは迷惑でしょうか…」
 「そんな事は、ございません。有り難き幸せにございます。…女神、私は」
 「良いのですよ。返事はせずとも。私が想っている気持ちを伝えたかった、それだけなのですから」
 「女神…」

 サガの清らかで優しい顔に笑みが零れる。こんな顔をしている彼を見たのは、初めてだったかもしれない。

 「私も女神の事を、女神として以上に、掛け替えのない存在と、想っております。…無礼をお許しください」
 「サガ…有難う」

 ニコッと沙織は笑い、右手に持った一輪の白百合を愛しげに眺めた。

 「元気なうちに花瓶に挿しておきましょう。サガ、また何時でも私のもとへ来てくださいね」
 「勿論です、女神」

 サガはそう言うと、蒼く長い髪をざっと靡かせ、目礼して去って行った。
 沙織は白い百合の花を大切そうに抱きしめ、サガの去って行った方を名残惜しげに見つめた。


 
 おわり